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本の森

Posted: 2024.12.31 Category: ブログ

本の森イメージ1

店主です。

12月の終わりのころ、知人にすすめられて名古屋まで出て、「品揃えに気をつかった大きな書店」(糸井重里)に足を運びました。不思議なもので、もう人にすすめられなければそういう機会が訪れることもないという気がしましたが、自分はその日のちょうどのタイミングで、わりといつも目を通しているネット記事が自分と重なり、いささか驚いたのを覚えています。寒空の下、その日はふってわいたように空いた一日だったので、(年末はいつ急に忙しくなったり暇になったりするかが自分でも読めないところがあるので)、予定していたわけでもない偶然がふたつ重なったというわけです。

『いつでも読みたい本は、ネット通販で買えると思っていた。いままでに買ったことのある本や検索した本からたどって、ぼくが興味を持ちそうな本を提案してもくれるし。いま買っている本だけでも読み切れないのに、これ以上探して買うことになるのもめんどうだからと、本屋さんに行く機会もほんとうに少なくなってはいた』(糸井重里)

そのお店の特徴は入場制度が敷かれていることで、お金を払ってひとつのスペースに潜り込んでいくという条件に、自分はどこか映画的なものを感じていました。しかし導かれるように入っていった書棚の中には、うまくことばにできないような静かな感じがありました。映画館というよりは誰もいない深い森のような、やはりうまくことばにはできない感じ。「誰がこれを揃えたのだろう」、という、目の前の本の種類たちもそうだったのですが、瞑想性の高い出来事の中にいる意識は、吸音される足元のクッション地の床の上にいることともに、なにかとても印象に残ったのです。

『品揃えに気をつかった大きな書店に行くと、「こんなのだれにも教えてもらってない」という本が、いろんな棚からぼくにウインクしてくるんだよね。つまり、「その本に見られている」と強く感じるじぶんは、やっぱりその本に対して「気がある」んだよね。じぶん自身が、その本と目が合ったがゆえに、じぶんの興味が顕在化されたというか、見えてきた。そしたら、手に取って、帯やら紹介の文を読んだり、本を開いてあとがきやら目次やらを眺めたりして、やっぱりせっかく合ったんだし買って帰ろうとなる。この「目が合った」という感じが、やっぱりいいんだよな。「興味が湧く」と言う感覚を、ライブでたのしめるからね』(同上)

ジャンルの切れ間にある、本の置き方は白眉でした。おそらくグラデーションを念頭に置いて陳列された本たちの、隣同士の地層の意味に惹きつけられたわたしは、(ウインクされた感じだったのかどうかはよくわかりませんが)、前衛的な傾向の哲学書の終わりに、最後の小説家というふうに呼ばれることもあるアルゼンチン出身の文学者の衒学的な著作があらわれたのを見て、おや、というふうに思いました。もっと具体的にいえば、ジャック・デリダの『SCRIBBLE』(翻訳されていたかどうかとかはおろか、そんな本を彼が書いていたことも知りませんでした)のまとなりに、あまり人に知られていない、後期ボルヘスの作品集がちょこんと置いてある、そんなシチュエーションに出会ったのです。

自分は、「いったい、こんなふうに本を置いたのは、どこの誰なのだろう。どうしてこんなにも、本の置き方ひとつに才気を感じるのだろうな。ただ、本を陳列するというだけで、これほどクリエイティブな仕事が生まれるものなのだろうか?」と思わざるをえませんでした。確かに中期デリダの書き物は、初期のころからは考えられないくらい急速にボルヘス化していくとしかいえないところがあって、自分はそれをこっそりと、こんなふうに陳列の仕方だけであらわそうとしている本屋さん(の店員さん)がいることに、つよく衝撃を受けたのです。『SCRIBBLE』のとなりに置かれたボルヘスの本、シェイクスピアについて書かかれた、論評なのか小説なのかエッセイなのか詩なのかまるでわからないなにかのことばたちをパラパラとめくりながら、自分ははじめて目にしたアルジェリア生まれのユダヤ人哲学者の著作、その初期と中期のあいだをつなぐ『SCRIBBLE』という名のウィリアム・ウォーバートン論(の体裁を取ったフィネガンズ・ウェイク論----というか、「論」というよりもはやフィネガンズ・ウェイクそのものに重なろうとしているように自分には見える)が、彼のキャリアの中の転換点に見えることを気にしていました。こうした「配置」の意味を考えるだけで、一生思考で遊べると思えたほどです。

たどりつくまでに入店したコーヒーショップで、サンタの格好をしたうら若き女性から「コーヒーは、お好きですか?」というふうに声をかけられ、ハートマークのついたラテを供されるなどの瑣末なハプニングはありましたが、久しぶりに街に出て愉快な気分でした。

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