先日ある同業者と話していたとき、「焦げない焙煎機」としてのプロバット、ということばを耳にしたので、自分はいくつかのことを思い出していました。それはたしか半世紀前くらいからずっとプロバット焙煎機のメンテナンスをしている人と話しをしていたときのことで、「プロバットって、そもそもそんなに深煎りのための焙煎機でもなかったんだ」というつぶやきを聞いて。。驚いたことがあったのを思い出したのです。歴史にあって、焙煎度合いとしては多少の無茶があるとしても、問題の機械でいくらかの行きすぎたダークローストが狂信的に試されていく過程があったのだということは、自分なりになんとなくは理解しています。実際、それはできてしまったし。。というか、できてしまったとかできてしまわなかったとかいうレベルではない形で、ある特定の人々のイメージにまでそれなりに浸透していたように思えます。過去に向かっていわれた「(本来)焦げない焙煎機」とは別に、歴史的に「対スペシャルティ用の実装」として、「素材」という概念に寄せてシリンダーなり筐体なりがぶ厚くなっていくなかで、冒頭の「(実際)焦げない焙煎機」ということばが出てくる。そしてその「焦げなさ」は、もとあったものとは比較にならないくらい大きな反動で跳ね返っているように見える。。そのあたりのことを、ひそかに考えていたのでした。
人はもちろん、(金銭的な密度を抜きにすれば)、どのような焙煎機を買うこともできるし、(味の理解の程度を抜きにすれば)、どのようにコーヒー生豆を買うこともできると思います。しかし、そこにはいくらかの時代的な要請が含まれています。人々との関わり方だとか、関係だとか、テクノローだとかの、いくらか時代に要請される物事との関わりがあります。先日、私はノーマン・ロックウェルに関する論文をいくつか読む機会があったのですが。。自分が仕事をしているときに関わる飲み物と、ロックウェルの仕事の仕方に似ているものを見つけて、おや、と思ったのです。それは、「ロックウェル性」だとか、「ロックウェル的ななにか」とでも呼べるものかもしれません。ノーマン・ロックウェルという、画家だったのかイラストレーターだったのか何者だったのかがよくわからないアメリカの創作者の、魅力なりアドバンテージなりが、大衆人気から捉えられているうちは、このことはあまりよくわからないと思います。彼の仕事の魅力は、画家としてはあまりにも大量に印刷されすぎ、イラストレーターとしてはあまりに絵画という概念にオーセンティックすぎたというところにあるばかりでなく、「近代絵画が崩壊していく地点を知りながら、狂信的ではない形で描いた」というところに集約されていて。。伝統絵画の系譜の限界に触れてなお、商業の場で絵を描いたところにありました。絵画の狂信性という意味では、個人的な考えを言えば、たとえばニコラ・ド・スタールなどはピカソをこえていると思います。あるフランスの映画監督の指摘する通り、彼の自殺と引き換えに、映画は20世紀芸術の椅子を手に入れたので。。スタールの悲劇は、ゴダールが映画が引き換えに手に入れたとほのめかした場所に、最後まで“絵画”で立とうとしたことでしょう。しかも彼は、セザンヌ以来の「世界を絵画で掴む」という系譜の最後の地点に立ち続けたのです。
『そんなことは一度も経験したことがありませんでした。歴史を持たない世界が、にもかかわらず物語ることで時間を過ごしていたのです。しかも、読むことの外部で。というのも、書くこととは、ランボーとマラルメ以来、恐怖だったからです。白い頁は敵でした。どうして、ジョイスと『ドゥイノの悲歌』の後で、さらに書かれねばならないのでしょう? それに対して、白い布の前で明かりが弱まりはじめたとき、われわれに起こったことは、ニコラ・ド・スタールを自殺に追い込んだことのちょうど逆でした』(『映画と歴史について』ジャン=リュック・ゴダール)
では、ロックウェルは? あれだけの技術と観察力があれば、いくらでも芸術至上主義を試せたはずですが、彼は理論化された前衛ではなく、町医者や床屋、子供や消防士、あるいは気まずい夕食や、人間の小さな失敗といったモチーフを、キャンバスではない場所に描き続けました。それはおそらく画廊的・画商的自己増幅の高付加価値に対する批評でもあり、もっとも人々の側に立つ立場としてのあり方でもあったと思います。彼は近代絵画が「純粋性」を求めれば求めるほど、人間から遠ざかっていくことを感じていたのではないか。あるいは、更新される概念というものに、それほど価値を見出していなかったのではないかと私は思います。だからこそ、ピカソのように絵画そのものを鮮やかに解体もせず、スタールのように断末魔の沈黙へも向かわず、「商業的・印刷的」という、芸術至上主義が唾棄するような、もっともスノッブな場所に留まり続けることができたのではないか。そしてそこにいたからこそ、逆説的に“20世紀アメリカの魂”みたいなものを残してしまったわけです。これはかなり不思議な位置なのですが、これしかないという場所でもある。それは「概念の更新」という終わりのないラットレース(狂信)に対する、もっとも現代的かつ誠実な抵抗であったように私には見えるわけです。
しかし、これはいくらかの時代的な要請です。たんに人々との関わり方だとか、関係だとか、テクノローだとかの、いくらか時代に要請される物事との関わりです。私は思うのですが、マルセル・プルーストの死んだ翌年に世界ではじめてトーキー映画が上映されたことは、ただの偶然とは思えません。あるいは、アドルフ・ヒトラーが登場した年に、テレビが発明されたことなどもそうです。しかし大江健三郎が死んでまもなくGPTが5になったり、坂本龍一が死んでまもなくsunoがV3になったりしたことと同じように、このことは見方を変えれば、「ただそれだけのこと」でもあるのです。
この、物事をただそれだけのものであるとして捉えることが、自分の思う「ロックウェル性」、あるいは「ロックウェル的ななにか」です。関係から逃れることができる完璧なものはないけれども、狂信的にならず、概念の更新にも乗らない方法で仕事を深めていくことは、おそらく誰にでもできるはずなのです。
