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不可逆的なものの影

Posted: 2020.04.22 Category: ブログ

店主です。


最近はそうでもないかもしれませんが、私はいつも、本ばかり読んできました。自分ではあまりそう思わないのですが、そうだとしか言いようのない出来事におさまったり、そういうふうに言われたりする事が多いところを見ると、おそらくそうかもしれないと思います。(実際にはよくわかりませんが)。読書について言われることで、私がゆいいつよくわかるものが、何を読んだとか/何を読んでいないとかいう棲み分けが、ほとんど意味をなさないというものです。私はかつて、一生懸命読んだことのある本を、まったく理解していなかった事があります。そしてまったく読んだ事のない本を、(それに紐付けられたり影響を受けた本を圧倒的に読み過ぎて)読む前から読んだ後よりも、かえって理解していたという事がありました。そういうところまでくると、理解というものが一体何なのか、私にはよくわかりません。本当によくわかりません。

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ガルシア=マルケスは学生時代をこえて、もっともよく読んだ作家の一人です。もっとも好きなのは初期の短編ですが、『コレラ時代の愛』も、読んだのか読んでいないのか忘れてしまいました。いまがそういう状態だからなのかはわからないですが、何かが「蔓延」している時、そういうときの精神状態というものについて考えていたとき、ふとこの本のことを思い出したのです。しかしある本を所有していたという事実は、その本を読んだ事があるという保証に、果たしてどれくらいなりうるのでしょうか。私は不可逆という言葉があまり好きではありません。一度起こった出来事が消えず形を変えて繰り返されている事、物事が変わらず続いてそこにある事、そしてもう後には戻れないという事実が、あまり好きではありません。そして、たんに「不可逆」という言葉で捉えられがちのこれらの意味は、それぞれ三つ、微妙に違っています。


『フロレンティーノ・アリーサは長年フェルミーナ・ダーサを愛し続けたが、結局報われることはなかった。五十一年九ヶ月と四日間、彼女のこと片時も忘れることはなかった。囚人は日付が分からなくなってはいけないというので、牢屋の壁に印つけるが、彼の場合は、毎日のように彼女のことを思い出させるような出来事があったおかけで、その必要はなかった』(『コレラ時代の愛』ガブリエル・ガルシア=マルケス)


この小説のあらすじは、本当に単純なものです。既婚女性に対して想いを寄せる主人公=独身男性が、相手の夫が死ぬまで、訪れるかもわからないその時を待って耐え抜き、彼女を手にして恋愛を成就させてしまうというものです。(51年と9ヶ月以上かかって)。重層的に見える要素はもちろんあります。そこにいたるまでにかかる時間的な長さのありえなさと、それが本当に訪れるかどうかわからない事実の圧倒的な遠さ、そしていまがどうやって形を変えてしまうかもわからず、それがある時間的な長さを持って続いてしまえばその先に待っているのは文字通り「死」のみという、凄まじい事実の重みです。


半世紀以上もかかる不可逆的な感情の蔓延など、果たしてありうるのでしょうか。私にはよくわかりません。だいたいは「続かない」からです。しかし逆に言えば、ほとんどの物事がなし崩し的に進行するという事実こそが、蔓延の後に待っているゆいいつのものだと考えられないでしょうか。だとすれば、いま過ぎていることというのは、果たしてどのような意味があるのでしょうか。


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