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サム・ウォルトンと私

Posted: 2020.05.20 Category: ブログ Comment: (0)

サム・ウォルトンと私イメージ1

店主です。


「ところでなぜ、そんなことを聞いてまわっているの?」


と言われてはっとした事があります。

著名な新聞社の、編集長の声でした。


私はいまの仕事の立場になってから、多くの出会えない人と出会うようになりました。新聞の編集長や、雑誌の編集長、上場企業の社長や上場企業のコンサルティングをしてきた人。。


会うたびに、聞いていることがあります。


「好きな経営者は誰ですか?」


みなさん、様々な答えをします。


私にとっての社会人人生のはじまりは、ほとんど自然さとは正反対のものでした。ふつうの人びとが節目とするようなタイミングでの就労の機会も、まるで見つけてきませんでした。そして、就業形態も、他人に説明するときに正確さを期すのであれば、いつも一言ではうまく言えないような形をとってきました。それは本当に「不自然」なものだったのです。そして、おろかしいくらい抽象的なものでした。渦中にあって、私はなぜか自分が実践性や実際性に欠ける書物ばかり読みつぎ、それとは正反対のものを目にしてこなかったかと気がついたのです。しかし、それが間違っているとは思いませんでした。とはいえ、それから「経営」に関する本ばかりを読むようになりました。学論も読みましたが、多くは「経営者の書いた本」をめぐる読書でした。


平社員以下の底辺を住処にしていた私がなぜ経営者のことを考えていたのかという奇妙さよりも時間を割いてここで問題にしたいことは、それがいまの私の人生や役職にどのような影響を与えているかという微妙な点でなく、私は当時自分と完全なる正反対にいる(ように思われた)「経営者」という人たちのものの見方や考え方を学ぶ中で、たった一人だけ、印がついたようにあきらかに異質な人物を見つけたことです。それは、サム・ウォルトンという人です。


ウォルマートという会社がどういう会社か、私があらためてここに書く必要もないと思います。ただ書くことがあるとすれば、サム・ウォルトンは、本当におかしな人だったという事です。正しき労働者(それがどんなものかは謎ですが)から遠く離れた当時の幼稚な私にとって、彼はたいていの経営者に通底している金言や信念を、ほとんど共有していないように見えました。というか、彼は比類なき内容に思える自分の金言の最後に「これらのすべての訓を信じるな」と書くような人なのです。そして、1980年代後半から90年代前半、資本肥大化の凄まじいあの時代のアメリカにあって、世界最大の金持ちでありながら、中古の軽自動車に乗っているような人でした。彼のゆいいつの信念らしい信念は、自分のために使うお金が1円でもあれば、1円でも良いから事業を正しく回すために使う、だったのです。アメリカではすでにシアーズやKマートがすべてを席巻していました。なぜ後発の田舎の1商店がそれらすべてを追い抜いたかは20世紀の商業界の最大の謎のようにも語られますが、誰よりも経営センスを持った人間が、上記のような信念を持ったときに、いったい他に誰の歯が立つというのでしょうか。


私がサム・ウォルトンをすごいと思うのは、自身は1円単位でもの事を考え、フル回転で生きている傍にあって、まだヨチヨチ歩きだったウォルマートから家族が勝手に晩ごはんの材料などを盗み出しているのを、ただただ尻目にしていたところです。それは、黙殺でも無視でもなかったと思います。晩年の彼の著作を読むと、そのあたりのことが実に克明に描かれており、本当にヒリヒリした気持ちになります。それは「正しいこと」という、とてつもなく二律背反的な内容をめぐっているのだと私は思います。


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