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廉価と回顧

Posted: 2020.05.04 Category: ブログ Comment: (0)

廉価と回顧イメージ1

店主です。


学生時代、大学は文学部でした。


それはどういう訳でしょうか。本を読むのが好きだったので、本を読めば卒業できると思ったからでしょうか。哲学をやろうと思ったのです。しかし、まわりの友人からはなんとなく冷ややかな事を言われていました。あまり気にした事はなかったのですが、最近出自をめぐる考察の時間があったので、そんなことを思い出したのです。


それよりも問題だった事があります。それは、ある著名な経営者の回想と重なりますが、おそろしいほど何も考えずに学費の高い学校を選んだため、環境が音をたてて捻れはじめている事を感じながら、その場所に入るべく足を向けなければならなかった事です。こういう事は、何度か経験した事がありました。この感覚があらわれると、いつも「転ぶ」のです。予感どおり私は大学をあっさり辞めました。どれくらいで辞めたのかは、正確に覚えていません。3時間くらいだったと、人に話したこともあります。実際もう少しはいたような気がします。3日は行ったような気もします。3週間は行っていません。


その強烈に短い期間覚えている事はほとんど無いのですが、とにかくお金がなかった事(そう感じていた事)だけを覚えています。そして、ほとんど過ごすことにならなかった場所における壇上で敬称を込めて呼ばれる人の、私の考えているある哲学者に向けた見解と質的に異なる発言に対して、どうしても首を傾げざるを得なかった事を記憶しています。学生に数千冊配布される大学出版局の彼の哲学本(しかも概説)は20000円以上しましたが、駅前にあるビニール看板の綻びも目立つさびれた古書店では、岩波のマルクスやニーチェが200円以下で売っていました。私はよくわからない日本人の書いた高級な概論ではなく、資本論や善悪の彼岸を読む事にしただけで、とくに大学を辞めるかどうかという選択は、おそらく本質的な部分においては問題にしていなかったのです。ただ、廉価な方を選びました。


この事は、おそらく自分の人生で大きな意味を持つ事になりました。私は人生をかけてこの決断を正当化するために、その後の性格を塗り固めていったようにも思えるのです。それは、廉価であること、そしてそれが本当にコストバリューを持っているのかという、そこに関する冷徹なまでの問いです。こけおどしや権威主義の「高価格感」に対する生涯をかけた(謎の)闘争も、ここからきているようにも思えるのです。


その要素はおそらくどういう形でかはわかりませんが、現在のコーヒー屋の運営の中にもどこかであらわれていると思います。うまくいかない物事のまわりにはかならずこの考え方と感覚があり、それが水ならばどんな良質な油でもはじいてしまうのを見ているのです。


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