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血塗られた山脈

Posted: 2022.08.12 Category: ブログ Comment: (0)

血塗られた山脈イメージ1

店主です。


此頃、お世話になっている方と食事をする機会がありました。お忙しい方だったので、お盆の前の前の前の、たった一日しか時間が取れなかったのです。それはある意味でわたしの忙しさをもあらわしているのかもしれませんが、どうなのでしょうか。話中、同席者が昨今山登りに嵌っているとくちにされたのをきっかけに、ペルーのコーヒー栽培に話が及びました。わたしは最近(なぜか)山岳地帯の珈琲農園に赴いたとき、そのときの紀行に関することをまとめたり、それに関する本を読んでみたりだとかをしているころでしたから、不思議な一致だったと思います。わたしが(主に)読んでいたのは、泉靖一氏の『インカ帝国』という書物です。砂漠と高山の帝国、という副題のつけられた岩波の古典的な名著ですが、わたしはなんというか、内容よりもその文体に惹かれていました。ある記憶の出来事のようなものを体験していないと、書かれえないようなエクリチュールがそこにはあるような気がしたのです。


『山岳地帯における、インカ的葬制は、埋葬というよりも、死体の「安置」という言葉でよんだほうが適当である。というのは、墓は地上につくった蜂巣形の建造物か、岩かげまたは洞窟がそのまま利用され、地下に埋めることはすくなかったからである。蜂巣形の墓は、石を粘土またはドロでかためて積みあげ、あなのなかに布で巻いた死体を、膝のうえに顎をのせた姿勢で、安置した。籠にいれた食物とチッチャのはいった土器か瓢と日常使っていた装飾品が、死体のかたわらに置かれた。このような墓は、しばしば家族単位でつくられ、死者がつぎからつぎへと、葬られた』(『インカ帝国 砂漠と高山の文明』泉靖一)


わたしはこの「安置」ということばのイメージが、泉氏のエクリチュールそのままではないかという気がしていました。一連の書き物に通奏低音のように存在するテンションは、上の文章の抜き取りにはっきりとあらわれています。選ばれたことばが「葬られる」ように刻一刻と「安置」されていくさまが、内容をこえてわたしの心に深い印象を刻んだのです。同じ国の風景から喚起されるものがあったのでしょうか。わたしはかつて暴動の起きているペルー共和国のレイメバンバの土地で、作者と同じ、大量の人間の死体を目の前にしたのです。もちろん、それだけではないでしょう。繰り返しますがわたしにとって泉氏の文章のスタイルが、ある記憶の出来事のようなものを体験していないと、書かれえないなにかに感じられたのです。


『私は床下の埋葬について知りたかった。ラ・ワカの住居址は、丘の中腹から谷に向かって南北に一二〇メートル、東西一〇〇〇メートルにおよぶ、チャンカイ河谷では平均的な大きさのものであった。崩れおちたアドベの壁をぬって、人の子ひとりいない、廃墟をあるきまわった。洞窟者(ワッケーロ)があらした、穴がところどころに散在している。その周辺には、人骨や土器の破片がちらばってすさまじい光景だ。ふとこのアシエンダ農園の娘マリヤ・ラス・カザスが、数日前リマ市から帰ってきて、私に語ったことを思い出した』(『インカ帝国』)


『インカ帝国』の著者はかつて、大日本帝国が朝鮮半島に自国の国立大学を作ったとき、その学術機関に籍を置いていました。もちろん、彼のずいぶん若い頃でした。日本の帝国主義時代の植民地支配・侵略戦争政策の要諦ともいえる教育機関です。それは国のちからの入れようという意味では、当時の官立学校のエリートのどのものとも違うような意味があったはずです。しかし、いうまでもなく、戦況が変わったためにその大学は日本のものではなくなりました。日本のエリート養成の急先鋒だったその学術機関は突如に消滅し、その後SNU(ソウル大学)の基礎になったのです。このことは、学術機関を足がかりにそののちの人生をわたろうとしていた若い知識人にとって、たわいのない出来事ではなかったに違いありません。


『----私がまだ子供のころでした。ひとりであの廃墟(ルイーナ)にいったことがあります。真夏の日の光が、カンカン照りつづけていましたが、物音ひとつ聞こえませんでした。あまり、しんとしているので、何となく無気味でした。ところが、丘の高いところにある、大きな家のあとまえをとおると、急に天から鈴のなるような音がしてきました。おどろいて馬に拍車をあてると、馬は棒立ちになり、手綱をゆるめると、すくんでしまうのです。ようやくのこと、にげだして主屋(カサグランデ)に変えると、私は、ぐっしょりと冷汗をかいておりました。それいらい、二度とあの廃墟(ルイーナ)には参りません』(『インカ帝国』)


自分とはまったく関係のないところで運命に翻弄され、根拠のない世界線に放り込まれる。拠り所のなくなった場所で、人は手がかりとなるものをどう見つければ良いのでしょうか。系譜学的に人生を生きる人たちに共通のその感覚は、同じもの同士にしかわからないものです。最後の賭けのような根拠(資料)を見つけ、そしてそれに触れるとき、人のまなざしは体温のようなもの捉えています。それはまったく個人的にですが、坂口安吾の小説で、登場人物が悲しみふれるときに感じるあたたかさだとか、あの感じに似ている気がするものです。本当に、そっと、おそろしくそっと触れることで感じられるようななにかのことです。それは信心のようなものなのでしょうか。わたしは、そこで「安置」ということばそのもののそっと置かれている部分を、黙って見つめるような気持ちになったのです。


インカ帝国がスペインに征服されるときの生々しい様子は、どのような物語によっても描けないような「安置」されたことばの連なりで、「葬られる」ようこの書物に描かれており、わたしはそのことにもいたく目を開かされます。(「血塗られた山脈」)。死刑を待つ主領アタワルパが、侵略者ピサロに火炙りの刑から、絞首刑に変えるといわれて、落ち着きを取り戻すのです。ここには、何かヒリヒリするようなものがないでしょうか。アタワルパはキリスト教への改宗を最後まで拒否しましたが、絞首刑へと変えるなら、改宗することを承諾します。それは、火炙りの刑に処されたものの魂は、神のもとにおもむくこともこの世に生まれ変わることも二度とできないという、インカの世界観を護るためです。わたしはそこに、死そのものへの意識がほとんどない精神のありようと、たとえ事実を捻じ曲げてでも不文律を通そうとする、人間の強靭な意志を見たのです。


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