年末年始は家にひとりぼっちになることがほとんどなので、仕事場に行って冷たい白緑色の種などを触っていてもこの季節はとくにひんやりしてなにかむなしい感じがするだけだし、結局のところ積むだけ積んでなかなか読めなかったいくつかの本などを一気に読んでみると、目がしぱしぱしてしまって困ります。そういえばいつごろだったか、どこかの場所でどれくらいかの人に向かって自然人類学的な話をするなかで、アフリカ(のとくに東のほう)と人類史をめぐる仮説の話や、そこに少しく関わってくる白緑色の種を持った赤い(これといって美味しいとは言えない)果物とのなにかの関わりなどについて、ひどく漠然と考えたりしながら過ごしていたころの記憶は、変わらず現在進行形に自身の読む本の選定に関わっているみたいでした。
『コーヒーは単一の物語ではなく、無数の異なる物語だ。そのうちのひとつを選んで語るときには、残りのすべてを沈黙させることを選んでいる』(ユヴァル・ノア・ハラリ)
その本の「コーヒー」という部分には、本当は別のことばがあてられていたような気もするし、そうでもなかったかもしれませんが、目がしぱしぱしていたので正直よくは思い出せません。とにかくあまりにたくさんの読んだ方が良い本があるテーマに関すること、さきほどくちにしたその冷たい白緑色の種からできたある飲み物についてということでいえば、私は臼井隆一郎さんという人の本がけっこう好きなのですが、彼がたまに(ヒヤッとするような文体でくちにする)「通観など到底出来ない」ということばを思い出して、思わず顔を上げて、また下げて、区分とレッテルだらけのひどくやかましい議論のような書き物にいささか疲れながらも、くちもとは歪むし、知らないあいだにページをめくるゆびさきと眼差はどんどん応答していってしまいます。
『ネアンデルタール人が生き延びていたら、私たちは自分が特別な生き物だと、相変わらず思っていただろうか? ことによると、私たちの祖先がネアンデルタール人を根絶やしにしてしむったのは、まさにこのせいだったのかもしれない。彼らはあまりにも見慣れた姿をしていたので、無視できず、かといって、あまりにも違っていたので、我慢ならなかったというわけだ』(ユヴァル・ノア・ハラリ)
猿人とラミダス猿人、ラミダス猿人とホモ・ハビリス──そうした微差の連鎖は、旧人と新人の関係と本質的には変わりません。この事実は、「あまりにも見慣れた姿をしていたので無視できず、かといって、あまりにも違っていたので我慢ならなかった」(ハラリ)ということばを手がかりに関係を置き直すことができる気がするものですが、この危険すぎる内容とは別に、私はもう少し違うことを考えていました。それは、ネアンデルタール人がなぜアフリカからわざわざヨーロッパに向かったのかということです。アフリカでその土地にやたら起源がどうこう言われるアカネ科の赤い果物の実は、ある場所から東方に向けてジャワ原人だとか北京原人だとか呼ばれることになるホモ・エレクトス種をえらく長時間歩かせるなどしていたことは歴史的にうすぼんやりと理解されていますが、そのときの彼らが「北に航路を取らなかったこと」には、なにかの理由があるはずです。それは(ウィリアム・フォークナーが『アブサロム、アブサロム』のなかで用意周到かつ紛らわしく指摘するように)人類史を追いかけるようにして外に出て行ったエチオピアの赤い実が、北に航路を取らなかったことにもあきらかです。個人的には、それは黒海と紅海、あるいは閉鎖性水域の差異と関係があるのではないかとも思いますが、ここでは深入りはしません。私が問題にしたいのは、ホモ・エレクトスよりあとにアフリカを出た原人と新人の間の段階にいた人類の祖先が、さらにあとからアフリカより来るホモ・サピエンスに追いやられたり殺戮されたりちからづくで交尾させられたりする前に、その中であえて誰も行かないようなヨーロッパに航路を取ったという事実には、「知性」によってひとはやたらややこしい方に物事を進めようとする傾向があらわれている気がすることです。
「知性」によって、ひとはやたらややこしい方に物事を捉えようとする。。それはとても困難なことです。サーカスの象が幼少期に太い鎖に繋がれてもう逃げられないと学んでしまい、大人になっても細い鎖を簡単に壊せても逃げないという故事が由来となっていることばの意味にあらわれているように、とても困難なことです。この困難というのは、他人に向けた困難でもあるし、もちろん自分に向けた困難でもあるし。。しかしそんなことをしていたらまったく「知的でもなんでもない、まるで語るにあたいしない出来事」が自分を襲って、おろおろしながら家路についたりして、ある区分とレッテルのついた「大晦日」などという日が終わりを迎えるのでした。
※今年も一年、こんな感じの文章ばかり読んでくださった極少数のみなさま、どうもありがとうございました。読者が2人くらい(そんなにたくさんいるかどうかは不明)の当ブログ----これからも書ける限りは頑張って書きます。良いお年を。
