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10年

Posted: 2023.08.03 Category: ブログ

10年イメージ1

店主です。

いまから10年くらい前に、アメリカの西海岸を一人でふらりと旅したことがあります。たかたが1週間ぐらいのものでしたが、アメリカ国内を飛行機で回るような旅でした。わたしがアメリカを訪れた理由は、たんに無職になって暇になったからという話で、一方ではその頃関わり合いになったコーヒーとかいうなにかに絡んだ理由もあった気がします。気がついたらそうなっていた、というようなものです。ちょうど同じくらいの時期に、結婚生活を見据えた相手と同棲などもしていて、無職になるとほぼ同時に求婚などをし、しかもそのまま海外にふらりと足を向けるという奇行があのときのあの人間に許されていたことに、いまとなっては驚きを隠せません。それは(のちのち気づいたら自分が社長になる)コーヒー屋さんに勤める前のタイミングでもあったので、当時のことを思うと自分は薄い透明な景色でも見るような気分になります。

あのころ、わたしは暇になって焙煎をしていました。しかし、それは自分の焙煎機ではありませんでした。東京だとか、名古屋とかにあった焙煎機でした。そこで使っている機械は、自分のものではなかったのです。日常生活のゴミでも捨てるかのように仕事を失った人間は、自分の中にある静かな怒りを抱えたまま、他人の焙煎機を使い倒して、どこで売ったらよいのかもわからないコーヒー豆をひたすら焼いていました。いつか自分の事業をやりたいと思いながら、それが絶対に叶わないことだとも思っていました。事業をやるというのが、そんなに甘いものだとは思っていませんでした。そのことは、よくわかっていたのです。しかし同時に、それをするしかないのだとも思っていました。そして、絶対にそうなるとも思っていました。まわりを見ると飢えた鋭い目をしたひとたちが、何かを盗みに来たかのような独特の表情の翳りを抱えたまま、他人がコーヒー豆を焙煎する姿を順番を待ちながら睨むように眺めているのです。しかし、いまとなって思い出すのは、そういう表情をしていたのは、ほかでもないおそらく自分自身だったということです。

あれから10年たったと気がついたのは、先日九州から16歳の女の子が、たしか岐阜県のカフェ・アダチだとかなんとかいうお店にコーヒーを求めて公共交通機関でやって来たという話を聞いたことがきっかけでした。ゲイシャを飲んで帰って行っただとかなんだとか。。わたしはそれを聞いて、心の部分の懐かしさを感じました。そしてその時にはじめて実感を持って、ある地点からかなりの時が経っていたことに気がついたのです。それから、自分も九州に足を向けました。小さく勤める仕事もうまくいかなかった人間が商売などやれるわけがない、そんな闇雲きわまりないばかなことなどできるわけがない、自分はあたまがおかしくなっているのだと思う、きっとそうに違いないし、信じられるものなどなにもないのだけれど、他人のコーヒー焙煎機を使って売るあてもないコーヒー豆を焼いているこの瞬間を信じて生きるしかないのだという、あのわけのわからない気持ちを思い出しながら、フライトチケットを購入したのです。行き道ではボロクソに古びた国産車は異音を発し、高速道路上で超絶な渋滞に巻き込まれた挙句エンストしました。車の鍵は損壊し、搭乗便に間に合わなくなるという相変わらずな出来事を終えたあと、やっとこさたどりついた先の九州でくちにしたのは、普段と変わらない一杯の苦い飲み物でした。

『大切なものは趣味ではできない。大切じゃないから趣味でやるんだ』(村上龍)

あれから10年が経ちました。目の前に香り豊かな飲み物を運んでくれた知己と話したのは、カフェバッハだとか焙煎だとか仕事だとか人生だとかそんなものでしたが、わたしが本当にたしかめたかったのは、自分の気持ちでした。あれから10年が経ちました。自分はいつのまにか、コーヒーの仕事をいまのかたちにしていました。気がついたらそうなっていた、というようなものです。事業をやるというのが、そんなに甘いものだとは思っていませんでした。当時のことを思うと自分は薄い透明な景色でも見るような気分になります。

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