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11:00 – 17:30 L.O. 17:00
定休日:金曜、第一木曜

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チョコナッツオーレ

Posted: 2023.11.09 Category: ブログ

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期間限定、チョコナッツオーレが人気です。
今年はアイスもあります!

珈琲とロックミュージック

Posted: 2023.11.09 Category: ブログ

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店主です。

先日までカフェ・アダチさんで行われていたコーヒーのセミナーのなかで、最後にコーヒーとロックミュージックについてなにかをしゃべる----正確にいえばしゃべる寸前の機会----があったのですが、時間的な制約に押されて、それを断念したことがありました。

コーヒーとロックミュージックについては、すでに何年か前に、ここでなにかを書いたことがあります。しかし、本来このふたつのこと(珈琲とロックミュージック)は、とりたてて並べてなにかを言う性質のものではないので、そのときはひどくためらいがちに、おそるおるものを書いたことを記憶しています。そもそも、ただの飲み物(珈琲)と、ただの音楽(とくにロックミュージックは個人的にはアクチュアルな意味ではもう完全に役目を終えていて、クラシックやジャズのような形容詞的なニュアンスしか残っていないと思っている)とを、並列することも、どこかおかしな話です。しかし、個人的にこのふたつについて書いていることは、前回どこかで書いたものと、今回のもの、それで終わるものでないこともつけくわえなければなりません。実際、コーヒーもロックミュージックも、「忘却されたドイツ」というテーマから見てみると、非常になにか湧出的な広がりを持つ対象であるとわたしは思います。このあたりには、なにかものすごく書き足りないようなテーマがある気がするのです。たとえばドイツ(というふうに呼ばれる領土的区切りを持つ事になった土地に住む人々とその文化的政治的機能)は、19世紀半ばと、20世紀半ばと、世界史から二度もあからさまに忘れられるといった出来事がありました。それでもそこでは、面白いことは起こっていたのです。欧州列強と呼ばれる国の中でもっとも遅れた独立国家から、(コーヒーのことでいえば)業務用小型焙煎機のプロトタイプと、中深煎り(ジャーマンロースト)だとかいう焙煎度合とペーパードリップが生まれた経緯は、残り物で手に入れた植民地(正確に言えば経済統治かもしれないけども)がたまたまコーヒーというコンテンツにとってアドバンテージがあったことが保証していたし、かの国のクラウトロックにおける音楽的概念は、確実にロックミュージックのありようを試す出来事になりました。もちろんそれらがただの延命装置でしかなかったロックミュージックと、いつのまにかデファクトなスタンダード化していったコーヒーとでは、希望と絶望の意味合いがまるで違いますが。

そういう意味で、コーヒーとロックミュージックは、「忘却されたドイツ」というテーマ的観点から見返すと、非常になにか似ているところがあります。(このことについては、もう少し余裕があるときにもう少し別の角度から近づくべき事柄なので、これ以上は割愛します)。似ているところはもちろん、そればかりではありません。わたしが思うに、コーヒーとロックミュージックには、どちらも1977年と1978年の間に何か大きな断絶があり、そこで歴史的なひとつのターンが終わって見えるところがあるのです。その時期のヨーロッパを見てみると、フランスのコーヒー国際会議におけるエルナ・クヌッセンの立ち居振る舞いと、イギリスのエリザベス女王在位周年祝典同日のテムズ川のボート・ライブ(セックス・ピストルズ)という、象徴的なふたつの出来事がありました。このふたつは、なにかとても象徴的な出来事です。片方では Special ということばが過剰な意味で使われていて、片方では No future ということばが、これもまたしょうもないほど過剰な意味で使われていましたが、ことばのかたちは違っていても、これらの意味はほとんど同じでした。

その後のアメリカを、コーヒーとロックミュージックという概念から見てみると、アメリカ北西部のひとつの田舎街から20世紀最後の、そしてともに最大のユースカルチャーが出ていることは以前指摘したとおりの内容です。それは、概念的な言い方をすればグランジとエスプレッソであり、固有名詞的な言い方をすれば、ニルヴァーナとスターバックスコーヒーというものでした。20世紀後半のアメリカ西海岸では、沿岸部の大きなマーケットプレイスに代表されるように、コスモポリタン的な空気が醸されていましたが、そのあたりの空気感は、ブルース・パビットとジョナサン・ポーンマンのサブ・ポップ・レーベル(もともとは雑誌)に象徴されているところがあります。サブ・ポップ・レーベルについては、ロック好きにとっては、わざわざ解説するまでもないでしょう。しかしコーヒーのことは、少しだけ解説が必要かもしれません。そこには、アルフレッド・ピートという人がいたからです。ヨーロッパにルーツを持つ風変わりな珈琲の焙煎人が、ぶっきらぼうに姿をあらわすことが許容されたアメリカ西海岸の商圏。彼がある形でアメリカ大陸にショップロースターサイズのプロバット焙煎機を持ち込んだことと、それによって味わいがもたらされた深煎りの焙煎コーヒー豆がどういうものだったのか、正確なところはよくわかりませんが、その影響はこういうものにあらわれているのかもしれません。例えば、その焙煎所のちかくには、アルフレッド・ピートの影響を受けてはじまろうとしていた、コーヒー豆売り専門店のひとつだったセイレーンのマークをつけた店がありました。あるいは、のちにそこを自分で買収することになるチェーンストアの創業者が、ゼロックスの営業職を捨てたのちに場末の自家焙煎コーヒー豆売り店に転職するなどの出来事がありました。しかし、ハワード・シュルツはアメリカ人ではなく、もともと「ドイツ系の移民」なのです。自分の国の焙煎機で焼かれたのがルーツであるコーヒー豆を、気に入らないという方がおかしな話なのです。付言すれば、カート・コバーンの母親も「ドイツ系の移民」です。われわれが思うアメリカ人というのは、ほとんどヨーロッパ人のことなのです。

コーヒーがどうかはよくわかりませんし、わかる種類のものでもないとは思いますが、ロックミュージックのほうは、歴史におけるアクチュアルな使命を終えてしまいました。ポスト構造主義下に高明な哲学者が、ロックミュージックにおけるエレクトリックギターについて、「それまでの楽器という概念をすべて破壊した楽器 ≒ テクノロジー」とくちにしましたが、その後のターンテーブルやサンプラーという道具たちは、「それまでの楽器」どころか、「楽器」という概念そのものを、壊滅的にまで壊してしまいました。これはもう、本当に破壊し尽くしてしまったのです。演奏家と呼ばれる人たちはこのことに気がついているひとも、気がついていないひともいました。たとえば、カナダ出身のあるピアニストは気がついていました。彼はピアニストとして演奏家の頂点に立ったあと、自分の音源を切り取り、一音一音分解して貼り付けるような作業をしました。それはあきらかに時代を先取りした、早すぎる演出でした。当時はまだ、それがどういう意味か、誰一人まるでわかっていなかったのです。ロックがまだ現代的な意味があると言われる時、例えば時代を引き受けているようなロックバンドと見なされているチームが、ビートルズが最初のアルバムを出してから最後のアルバムを出して解散するまでの時間的長さのあいだに、たった1枚だとか2枚だとかしか作品を出していないことには、あまり注意が払われていないような気がします。個人的なことをいえば、自分はもはや「テクノロジー」ということばを使うのにも、いくらかのためらいを覚えます。あるカナダ出身のラッパーはここ2年くらいでヒップホップの歴史に残る傑作を4枚というペースで出していますが、サーティファイド・ラバー・ボーイは、(世界最新のサウンドプロダクションと呼ばれるあの作品は)、iPhoneで録音されているのです。現実のテクノロジーが、もはやテクノロジーということばを置き去りにしてしまっているのです。

コーヒーの世界でも、様態は違えど、「現実のテクノロジーが、テクノロジーということばを置き去りにしてしまっている」ということがあると思います。音楽の世界よりだいぶんしょぼくても、なんとなくそういうことはあります。たとえば、わたしは自身が関わらないでいられないコーヒー講座などで、このような質問をされることがあります。それは、こういう内容です----講師はどうしてドリップスケール(コーヒースケール)を使わないのか、というような質問です。わたしは、たんに性に合わないだとか、本当はそれぐらいの回答しか持ち合わせていないのですが、それではあまりに「スケール」(尺度)が足りていないようで、どうも納得してもらうことができません。なので、わたしは「では、どうしてドリップスケールが必要なのでしょうか」と逆に質問してしまうのですが、完璧なスケール(尺度)でもって、「注湯の経過時間に対して、完璧な注湯量として、コーヒー液が寸分の狂いもなく仕上がってくるからです」というような回答をもらいます。

「それってただのコーヒーメーカーですよね?」

というような返しをしてしまうと、毎度現場が凍りついてしまうのを何度も繰り返しているのですが、わたしはどうしても回答をアップデートすることができません。。「テクノロジー」が足りないのだと思います。

犬山カフェ 珈香さん

Posted: 2023.11.07 Category: ブログ

犬山にあるカフェ、珈香さんを訪れました。

【香りブレンド】は香ばしいブレンドで、バランスよく飲みやすいです✨

お菓子との相性も抜群です◎

落ち着いた店内でゆったりと素敵な時間を過ごしたい方、是非行ってみてください☺️

せきてらすさん

Posted: 2023.10.26 Category: ブログ

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せきてらすさんでお出ししている、秋限定の「オータムブレンド」

豊かなコクがあり、とってもコーヒーらしいお味です!

ここでしか飲めないブレンドなので、ぜひお立ち寄りの際はお試しくださいね。

ふたつの異語

Posted: 2023.10.23 Category: ブログ

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店主です。

わたしが事業を運営しているお店には、それほど大きなものとはいえないサイズの木製の書棚が置いてあります。棚のスペースのほとんどがいまの仕事に関係する内容の本で埋まっているのですが、そこには自分が歩んできた順番通りに、読んできた本が並んでいました。ある時、その「順番」に対するこだわりがばかばかしく思えてきて、一気に本棚を整理しようとしたことがあります。その時でしたが、「数冊」をのぞいてほとんど揃えたカフェ・バッハ関連のものよりさきに位置していた本を、なんということもなしにパラパラとめくったのですが。。予感通り、手が止まらなくなってしまいます。

それはひたちなかにある自家焙煎珈琲店をめぐる本で、著者はその当時の代表にあたる人の記したものでした。その人物に関しては、少し説明がいるかもしれません。わたしがいまの代表を務めている、煎った種子を粉砕湯通しした飲み物の事業は先代の経営者がいましたが、「業界」(それに実態があるのかは不明)につゆほど(と言っていいほど)関わりを持たなかったそのひとがゆいいつ手紙のやりとりなどをしていたのが、前述のお店の経営者だったのです。

出来事の発端はどちらかといえばなにかの飲み物に関していうよりも、陶器だとか磁器だとかいうものに関してのやりとりだったと記憶します。しかし肝心の手紙を拝読した身からすると、くわしいことに関してはぼんやりした記憶しかありません。比較してわたしがはっきり覚えているのは、手紙の内容よりもむしろ、同時期に手にした氏の『成功する地縁ビジネス』という副題のつけられた本で、それはそののちに店先の本棚に並べて置かれることになりました。つまり、それが冒頭の本棚整理のとき、わたしが手にとって読みはじめた本です。その本からわたしは、なんとか大全だとか、なんとか味わいのこつだとかいう書物より先に、自分でも知らないうちに大きな影響を受けていたかもしれません。かりにもしそれが言い過ぎだとしても、自分のところで豆を焼いているという意味で、その本の著者のお店がもっとも最初の段階に自店と比較して意識した場所だったことに変わりはありません。

『成功する地縁ビジネス』という副題のつけられた一冊の本、そこにはプロバット焙煎機に関する、いくつかの面白い記述があります。プロバット焙煎機をめぐる「焙煎」という行為についても、あきらかに興味深い記述があります。ずいぶん精妙な記述ですが、人によっては生硬な印象を持つかもしれません。たぶんわたしは自分の仕事の歩き出しのうちに、無意識のうちにその本から受け取るイメージを多く吸いこんでいました。「地縁」という概念にしてもそうです。多店舗展開に関する姿勢も、肯定とは少し違う姿勢でのぞんでいた有名な南千住のお店から来たものではなかったことも、今更ながら思い出します。「プロバット焙煎機」と「地方都市の地縁」といういまのわたしにとって逃れ難いふたつの要素だけでなく、わたしはそれらにふずいするなにかのイメージを、だいぶん引摺りながらここまで歩いて来ました。そのひたちなかのお店から受け取るイメージを、だいぶん引摺りながらここまで歩いて来ました。最初になにを見つけるかというのがこれほどまで拭難いものなのかという問題は、いまわたしが人になにかを教えるときや、他人がものすごいことを啓蒙している姿などからもおぼえる、ひとつの恐怖です。恐怖といえばわたしはある時期に人から自分の事業の展望を聞かれると決まって「サザさんくらいにはなると思うけど」という大口をたたいていたのですが、それもおそらく、そういうものの因縁からくる引用でした。しかし、その「サザさん」はあくまで(現在のように)多店舗展開する前、その前の「サザさん」なのです。ひたちなかを拠点としたそのお店がコロンビアの地でゲイシャの旗を振ったのを真似して、その若者はペルーにゲイシャを摘みに行った(それがほとんど失敗に終わったと揶揄されたとしても)し、刀匠ブレンドという、いったいなぜそれを作ったのかと言われたりするブレンドに関しても、徳川将軍なんとかがあたまのどこかにあったからだろと指摘されたら、なにもいえないところがあります。いちいち挙げていけばきりがない類比の結びとしては、問題の本の著者とわたしは、この国の首都にある通っていた大学まで同じなのです。(もっとも後述のカフェ・アダチの人はそこを3時間くらいでやめているので、通ったという表現ができるものではありませんが)

というようなことをただだらだらと書いていますが、おそらくいまのわたしの事業のありようは、当該のお店とはだいぶん違ってしまいました。『成功する地縁ビジネス』のお店の代表が実質変わってしまったところもあるし、(地縁とはいえない増え方で)そこの経営形態が変わってしまったところもあったと思います。ほかにも焙煎機がプロバットからローリング社のものに変わってしまっただとか、様々な理由がありました。物事がつねに同じ形を取り続けることがないというのは、いまも変わらず目の前に繰り返される出来事です。そんなことを思いながらよくわからない気持ちと記憶のないまぜの状態のまま手に持った本をパラパラとめくり続けていたのですが、「おや」、と思います。突如、こんな感じの記述を見つけてしまうからです。

「焙煎は、結局フルシティロースト。あとは、ゆっくり丁寧に焼く」(鈴木誉志男氏)

こういう文章を読むと、わたしはなにか清新な感じがします。うまくいえないのですが、「言い方」として、誠心な感じがします。「内容」ではありません。あの当時わたしはそれと同じ気分、同じニュアンスに関して、はっきりとした受け取りをみせたはずでした。そのことは、とても鮮やかに覚えているのです。しかし、このことがここでは終わらないのが、当時のひとつの恐怖でした。わたしがそののち通うことになった、(より強力な磁場としかいえない)東京南千住のとあるコーヒーのトレーニングセンターでは、主宰の人物が口を酸っぱくしながら、このような文言をくりかえしていたのです。

「お前ら、中深煎りしか焼けないコーヒー屋にはなるなよ」(田口護氏)

このふたつは、あきらかな「異語」です。わたしは当時から、「おや」、と思っていました。しかし、これらに対してなにも矛盾は感じていませんでした。どちらもディーセントに思えるからです。もちろん、それは「言い方」についてのことで、「内容」とはあまり関係のないことです。その後の自分の取り組みがこういう意識の「あいだ」にあったことは、それからずいぶんと時が経って見返したときにわかるようなものでした。

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